【実話】定年退職して喫茶店のマスターになった父の話

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いちかげ
いちかげ

うちのオトンがさぁー

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出た~!おじさん元気?
いちがけといえばおじさんだよね~

いちかげ
いちかげ

いや、ちょっと待て…
うちのオトンに会ったの数えるほどだよね?

突然ですが、私の実父の話をきいてくれませんか?

【実話】定年退職して喫茶店のマスターになった父の話

先日、ツイッターでこんなことをつぶやきました。

なぜこんなツイートをしたかというと…

私の父、40年勤めた会社を定年退職して調理師学校へ1年半通ったんです。
中学校卒業から通える学校だったので、10・20代の学生さんたちに混ざって!
わが子(私たちきょうだい)より若い子がたくさんで、もはやおじいちゃん状態だったようです。

この寿司酢は、その調理師学校で日本料理の講師に学んだレシピでした。

現在、父は夢だった喫茶店のオーナーとなりました。

小さい店ながらも休日は満席になる時間帯もあるようで、地域の方々に愛されるお店へと成長中です。

私の知る父の足あと

私の実家は父の生家です。
この家は父で3代目。
最近までここで同居をしていた4代目である私の弟一家は家族増員のため、隣に別棟を建て暮らしています。

なかなかの田舎です(笑)

両親(私の祖父母)は農業で生計を立てていて、子どもの頃は、けして裕福とは言える暮らしではなかったそうです。

真ん中長男

3姉弟の真ん中だった父。

(私の伯母)はとても賢く努力家で、関東の国立四年制大学へ合格しました。
お金がもなかったし、女の子だったので両親は進学を反対しましたが、本人の強い希望と高校の校長先生まで出てきて説得され入学に至りました。

一方の(私の叔父)はいわゆる不良。
暴走族の総長にまでのぼりつめ、両親を県外の警察署まで軽トラで迎えに来させた問題児でした。
今では気のいいおっちゃんですが(笑)

そんなハチャメチャなきょうだいに囲まれて、割とふつうに育った私の父
地元が大好きでしたが、隣県の専門学校を進学先に選びました。
姉の進学により、親にはお金がありません。
新聞配達のアルバイト先に下宿し、ほぼ自力で学費・生活費を工面して学生時代を過ごしました。

薄給サラリーマン

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卒業後、地元に戻らず電気系の作業員(薄給)に
社宅があり、都会でも生活費にはそこまで困らなかったそうです。

お酒好きの父。
同じくお酒の好きな母とは行きつけの居酒屋で出会いました。
ナンパですね(笑)

その後、2人は結婚。
看護師の母の方がかなり高給でした

2年後に第一子の長女(私)が誕生しました。
パートで看護師を続けていた母は、仕事を辞め専業主婦になりました。
もちろん、生活は苦しくなりました。

ところが、勤務先の会社に転機があり、大規模な人事異動が。
父は着たこともないスーツをまとい、革靴をはき、営業マンとして働くことになってしまいました。

勤務先の会社は全国各地に勤務地がある大手企業でした。
2児の親となっていた父は実家のある県に異動の希望を出しました

地元へ異動、二世帯同居に

もともと実家に戻る予定だったのです。
母とも結婚の時、長男だからと約束をしていました。

希望がとおり、異動。
実家には同居せず、電車通勤に便の良い駅近くの借家に引越しました。
当時年少さんだった私ですが、お風呂場にナメクジがやってくるほどボロい借家だったのを覚えています(笑)

翌々年、父の実家を建替えて二世帯同居スタート
3年後に妹が誕生し、3児の親となりました。

実家は最寄りの駅まで車で30分、父の職場はその駅から電車で40分のところにありました。
職場の最寄り駅から少し歩くので、電車の待ち時間等も合わせると通勤時間は1時間半ほどです。
この通勤を約25年続けました。
本社や県外の支店へも頻繁に出張していました。

 

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父の人柄

父は人見知りしない、とても明るい人柄です。
お構いなしで子どもの友だちに話し掛けるので、思春期の頃は本当にイヤでした。

持ち前の人懐っこさとおしゃべり好きで、業績をどんどん上げた父は年収8桁プレーヤーへ進化しました。
母もパートで看護師に復帰していたので、わが家は当時の田舎住まいとしては高収入家庭だったようです。

しかし、ブランド品や高級車のある派手さとは縁のない暮らし
アウトドアが好きで、旅行といえばキャンプばかりでした。
(私はホテルに泊まりたかった)

まぁ、両親は無職・子どもは3人、家のローンも30年で収入の割に余裕はなかったのかもしれませんが…

片道1時間半の通勤と質素な生活の約25年の間に、3人の子どもが大学を卒業させ、15年間要介護だった母(私の祖母)を看取りました。

父が定年を迎えるころには、私たち子どもは3人とも結婚し親になっていました。
とっても元気な父の父(私の祖父)と両親の3人住まいの状態でした。

父の長年の夢は喫茶店のオーナー

父の長年の夢は喫茶店のオーナーでした。
しかも、マンガ『タッチ』に出てくる南ちゃんのお父さんような、お客さんが来ない暇な喫茶店のオーナーです。

でも、その夢は私たち家族にとっては現実味はなく、本当に父のただの夢・理想の暮らしだと思っていました

そもそも父が作れるといえば、コーヒーはインスタント、料理はラーメンと辛うじてチャーハンくらいでしたから…

夢を現実にする父、理解のある母

定年退職まで半年という頃、突然母から私たちきょうだいに連絡がありました。

「お父さん、調理師専門学校に入学手続き完了しました」
 by.母
いちかげ
いちかげ

!!?

長年語ってきた父の夢が始動していたのです。

母は反対しませんでした。

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お父さん、せっかく実家に帰ってきたのに、仕事がいそがしくて地元大好きなのに地元の人たちとろくに交流できなかったでしょ?
単身赴任でもいいって会社から言われてたのに、絶対に家から通うって長距離をがんばって通勤してきたんだもん。
あなたたちも家族をもったし、もうお父さんの好きなことやらせてあげようと思って。

私の父と母、本当に息が合うんです。
そして仲がいい。
理想の夫婦です。

定年退職後、父の修行

めでたく定年退職を迎えた父。
半年間の休息期間をとった後、昼は知り合いの飲食店でお手伝い、夜は調理師専門学校の夜間部へと通い始めました。

父は喫茶店への道を歩み始めたのでした。

慣れない包丁(しかも切れ味が良い)でよく指を切ったり、調理台で立ち回りの感覚をつかむのが難しかったようで火傷もしていたりしていました。
それでももともと手先の器用な父は、野菜の飾り切りや大根の桂剥きもしっかりこなしていました。

 

学校卒業、喫茶店オープン

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無事に調理師専門学校を卒業しました。

その後の1年間は喫茶店の店舗とメニューの準備でした。
店舗についてはどこかテナントや居抜きで始めるのかと思っていました。

が、父の計画はまさかの実家敷地内に建設

実家のある場所は田舎でしたが、車通りの多いわかりやすいところで、確かに立地はいいのです。
土地も広くて小さい店なら駐車場もつくれるくらいはありました。

しかし、資金の面や同居を始めた弟家族のことも考えると難しいのでは?と議論を重ねましたが…
ここで建てるという父の意志は固く、退職金をガツンと充てて建設が始まりました

あっという間の1年間。
ついに、お店もメニューもできあがりました。

オープン直後、ご近所さんや知り合い、建築中にお店の前を通って何ができるのか期待していてくれた方が続々と来店したそうです。

それから現在

オープンから2年経ちました。
その後の客足もオープンバブルほどではないものの、コンスタントに来店があります。

ありがたいことに父の理想『お客さんが来ない暇な喫茶店』とは違うお店となっています
でも、常連さんもできて毎日のように新しい出会いがあります。人が好きな父は楽しそうにマスターをやっています。

コロナウイルス感染拡大を受け、やむを得ず休業する期間もありましたが、対策をとって現在は再開中です。

 

もし、あなたが田園風景の中にポツンとある喫茶店を見つけたら、ちょっと寄って行ってみてください。
おしゃべりなおじさんが自慢のコーヒーを淹れているかもしれませんので。

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